2007 Winter Vacation Report in Southcoast



  2日目 12/24(Mon) New Orleans
 久しぶりのホテル滞在旅行のため、朝の目覚めも良い。早速今回の旅行の目的の一つである『グルメ旅行』を満喫するために、まずは一家総出で腹減らしの朝の運動に出撃することとする。
 午前中のアクティビティとして、まずはプランテーションの見学に行くことにする。多くのプランテーションは南北戦争時に破壊されたものも多いのだが、一部は個人に引き取られたりして一般公開されているものも多い。一面のサトウキビ畑を目にしながら、上流を目指す。
 目指すは立派な木で有名なOak Alleyへ。これらプランテーションの特徴は、入り口がMississippi Riverに向けてつけられていることだ。あの時代の輸送手段は、船であったのだ。興味深いことは、それぞれのプランテーションの間口は狭いながらも、奥行きは大きいことが上げられよう。開拓した土地の分だけ、そのものの所有となったためだ。
 またそれぞれのプランテーションでは、最初の道路(すなわち川から邸宅までの道)が川の流れに対して直角につけられたために、碁盤の目のような土地区画が多いアメリカの中で、ここだけは川が基点となり、多くの角度の異なる道路がつけられていったのである。すなわち、隣り合ったプランテーションでは、この道路が磁北となす角度は異なるのである。
 非常に興味深かったことは、奴隷制度時代のそれぞれの奴隷の値段を記述していることであった。働き盛りの$1,500から、病気持ち(片腕や老齢など)の$25まで、いろいろである。現在まで多くのNP関連施設を歩いてきたが、南北戦争以前の奴隷制度に関する展示は皆無だっただけに、非常に新鮮なものを感じた。(ちなみに奴隷の家は、日本の一般的な家よりも大きかったりする。)
 次にツアーに参加して、本宅を見学する。この時代の作りとして特徴的なことは、Kitchenは外にあることである。もちろん作るのは奴隷である。

 ここで少し話が脱線するが、この奴隷制度が日本で禁止されたのは豊臣秀吉の時代(=16世紀後半)、アメリカ・イギリスで禁止されたのはそれから200年以上後の19世紀半ばである。
 次にDestrehanにも立ち寄ってみることにする。立派な家ではあるのだが、これが全て奴隷達の厳しい労働の元に成り立っているのを見ると、何だか複雑な気持ちになる。

 見学として得られるものは、それ程の情報量では無いのだが、今まで私が勉強してきたアメリカの歴史の陰の部分を垣間見ることが出来た、非常にいい見学であった。黒人問題を含めて、今後掘り下げて勉強していきたいと思う。
 エステに向かうCをホテルに残して、Yと私は午後のアクティビティに向かうことにする。向かう先は、Jean Lafitte NHP & Preserveだ。残念ながらVisitor Centerは、クリスマスのためにお休みであったが、ちゃっかりとハイキングトレイルは歩いてみることにする。
 トレイルでは、湿地帯・湿原と森林との違いを、自分の足で確認することが出来る。
 交通手段として多くの運河が今までに作られており、それらが縦横無尽に交差している。もしコンパスも無しに迷い込んだならば、出てくるのは相当困難であろう。
 トレイルは、湿原を見渡せる場所まで続いている。蚊が多くなる夏季を考慮すれば、実は一年で一番快適なシーズンに訪れているのかもしれない。
 NO市内に戻って、再び町に繰り出す。Jackson広場に立ち寄った後、
 1862年創業のCafe du Mondeへ。名物のベニエは、日本の鯛焼きの皮のような味である。これに粉砂糖をかけて頂く。病み付きになってしまいそうな、素朴な味である。

 Market PlaceにはNational Park ServiceのVisitor Centerもあるので、時間があれば立ち寄ってみるのもいいだろう。

 さて、今日の夕食もSeafoodとする。庶民向けといったFelixであるが、オイスターは新鮮な味であった。2件目として、カウンターでオイスターをつまみながら一杯するのもいいだろう。
 その後M先生達と合流して、ホテルのバーでくつろぐ。すると仕事に疲れたサンタがやってきて、リラックスしていたのには驚いた。そう、明日はクリスマスなのだ。


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