Weekend 2005 August(2)



 8/12(Fri)-16(Tue) NC,VA,DC (part 1)

 8/15-16にWashington DCで開かれる、Fifth Annual Bioengineering Research Partnership (BRP)Grantee Meetingに参加することになった。これは月曜日・火曜日の開催で、週末はちょっとがんばってNorth Carolinaの行きたかった地域へ足を伸ばしてみようかということになった。今回の相棒は、もうすぐ日本に帰国が決まったK君。さてさて、どんな旅になるやら。
 仕事帰りにK君とYをピックした後、荷物を詰め込んで、夕食の後出撃することとする。
 21:00に走り始め、楽勝でDCを通過、しかしここから泳ぎに行く人が多いのか、夜中にかかわらず凄い交通量だ。そこで3:30にRichmond手前のSAで仮眠をとる。5:30から再び運転を開始し、一路Norfolkを目指す。ほどなく朝日を拝み、James Riverを渡る。もやっているせいもあるのだが、とてもこれが川だとは思えない。海だよ!
 下道に入ってしばらくで、いよいよNorth CarolinaとのState lineを通過する。驚いたことに、このラインが設定されたのは、アメリカ独立よりも48年前である1728年だという。
 さらにドライブを続け、Pacific Ocean沿いの道に入る。そして今回の目的地の一つである、Kitty Hawkに9:30に到着する。これくらいの運転は、やはり楽勝だ。ここは、Ohio,Daytonゆかりのライト兄弟による世界初飛行(1903.12.17)の場所として知られている。そして、Wright Brothers NMとしてNPSによって管理されている。
 ビジターセンターには、初飛行の模造品が置かれている。DaytonやDCなどを含めると、いくつあるのだろうか? 面白いことに、Ohioから来たという家族に数組会った。Ohioanにとっては、やはり気になる所であるのだろうか。
 ビジターセンターの外には、初飛行の場所を示した石碑が置かれている。1回目、2回目、3回目、4回目の飛行の着地点がそれぞれ示されている。なぜOhioからここまで道具を運んできて、飛行実験を行ったのかが最大の疑問点だったのだが、一番の原因はこの砂丘(現在はずいぶん草が生えている)と風であったようだ。12月の吹き付ける北風によって、初飛行がなされたのである。
 南側にある砂丘には、記念碑が建てられている。そして翻るアメリカ国旗。歴史の浅いアメリカではあるが、現代の生活において重要な役割を果たす飛行機の発見は、誇り高いものであるようだ。事実、もう一人のアメリカの偉大な発明家の一人であるエジソンの施設も、NHPによって管理されている。
 砂丘の上に登ってみる。Wilbur, Orvilleの兄弟の顔、および流線型にデザインされた美しい石碑が建てられている。
 周囲の景観は素晴らしい。周囲にはサボテンも生えているが、昔は全て砂地であったそうだ。
 NPを後にして更に南を目指す。ふと右側(西)を見ると、砂丘が広がっているので、Jockey's Ridge SPという所に入ってみることにする。ここは気分は鳥取砂丘といった感じ。砂の粒子が非常に細かく、はだしで歩いても全く痛くない。
 小山まで登ってみると、東側には大西洋、西側には内海を望むことが出来る。今回の旅行中、最大の砂丘であっただけに、ここでちょっと散歩してみることをお勧めする。

 更に南下して、Cape Hatteras NSに到着する。まずはOregon Inletのキャンプ場に行って、気になっていたキャンプ場をゲット。12時くらいの到着であったが、2/3くらいは詰まっていたので、早めの到着が賢明であろう。(事実、夕方には一杯になってしまった。)
 キャンプ場だけゲットした後、暑いので観光を継続することとする。最初にBodie Island Lighthouseに行ってみる。堂々とした姿で、空にうまく調和している。数年前までは最上部にも登れたそうであるが、現在は駄目だそうだ。

 次にFort Raleigh NHSに行くことにする。ここへは、Bodie IslandからRoanoke Islandに渡るのだが、橋の上からの眺めが素晴らしい。サンドイッチをゲットして、日陰で昼食とする。
 ここの歴史は、1584年にまでさかのぼる。当時スペインによって植民地建設をもくろまれていたFloridaとはかけ離れた位置にあるここNorth Carolinaにおいて、 イギリスが定植を考えるようになったのだ。1587年に110人の移住者がこの地に赴いた。スペインによる攻撃も考慮して、砦も作られたこの地での生活は、到着が夏場にかかってしまったこともあり、厳しいものとなった。3年後にここを訪れたものの、誰も残されていなかったというのだ。Indianの襲撃があったのか、それともスペインの襲撃があったのか、全く定かではないが、『Lost Colony』と言われるようになった所以である。
 展示品としてはあまり大したこともなく、僅かに砦の土盛の跡が残っているだけである。しかしVisitor Centerでのビデオは、ここでのストーリーを忠実に再現しており、一見の価値があると思う。

 1620年のBoston近郊のPlymouthへの移住を、アメリカ最初の定住というイメージがあるが、これよりももっと前に定住が試みられたというのは驚きである。

 敷地内にはElizabeth Gardenという西洋庭園があって、$6で入場可能でだが、彼らの苦労を思うとちょっと入って鑑賞する気にはならなかった。
 このCape Hatteras NSは、ずっと南まで砂州が大西洋に沿って延びているのだが、次にその南端のHatteras Islandに行ってみることにする。見渡す限り細い砂州が南に続いており、ひたすらまっすぐな砂州を南に向かう。しかし、Avonで予想外の大渋滞をくらってしまったために、引き返すこととする。(翌日聞いてみると、大きな交通事故があったそうだ。)
 途中でちょっと道路から外れて、大西洋を眺めてみる。沖合いを台風が通過しているせいもあり、波は高かった。
 キャンプ場まで戻って、近くのBeachから大西洋に漕ぎ出す、、、があえなく高い波に撃沈。沖合いに出るのは難しいので、サーフィンをして遊ぶ。
 ようやく日差しも柔らかくなってきたので、シャワーを浴びて、キャンプ場でBBQ開始。このキャンプ場は木が無くて暑いのだが、逆に見晴らしは最高だ。美しい夕焼け・星空を見ながら、ワインを傾けた。ビーチまで150mほど砂丘を歩けば、ビーチにも出ることが出来る。好天が約束されるならば、お勧めのキャンプ場の一つだ。(心配された蚊も少なかった。)


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