「Ohioの風に吹かれて」 (神戸大学第二外科同門会誌 第30号 2002)



 本年6月1日から、大北教授の御推薦により、ここアメリカ・Ohio州にありますCleveland Clinicに留学することとなりました。まだ、こちらに赴任して1ヶ月余りで、慣れない部分が多いですが、留学生活についてご報告致します。

  1. Ohio州Cleveland

      Ohio州はアメリカの五大湖の一つのエリー湖以南から、南はオハイオ川(ミシシッピ川の上流)までに広がる州で、人口は1100万人、面積は11万平方キロメートルで、北海道の1.3倍ぐらいの面積です。緯度は青森市あたりと同じになります。内陸性気候のため、寒暖の差が激しいといわれ、冬の積雪はそれほどでもありませんが、寒波が来ると、氷点下27度という記録を作ったことがあるそうです。Ohio州が出来たのは1803年で、来年はちょうど州創立200周年、それと来年はオハイオ州にゆかりの深いライト兄弟の初飛行からちょうど100年ということで、様々なイベントが予定されております。

 州都はOhio州の中央部にあるColumbusですが、Clevelandは州の北部のエリー湖の南岸に広がる町です。1850年代にはエリー湖からオハイオ川(ミシシッピ川の上流)への運河が作られ、北部の穀倉地帯からの食料がこの町を通って南部に運んでいたこともあり、交通の要所として栄えました。Cleveland cityの人口は約90万人ですが、周辺には私の住んでいる市も含めて多くの市があり、一大都市圏を形成しています。

  Clevelandといえば重工業産業が盛んではありましたが、今ではその面影は少なく、逆に今は更地が多いです。ClinicのあるDowntownに行くと黒人も多く、物騒な話も聞きますが、私の住んでいる東側の町は空気もよく、また治安も良好です。Ohio州は全米の中でも、収入、家の広さ、言葉のなまりなどが全て平均的であり、大きなチェーン店が情報収集のために出店することもあるそうです。

  1. Cleveland Clinic

     病院の歴史はFrank J Weedという外科医が、1887年にBuntsとCrileという若いInternと仕事を始めたことから始まります。Dr. Weedは不幸にして肺炎で亡くなるのですが、まだ20歳台であった若き外科医の2人が、Dr. Weedの遺志を継ぎ、病院を発展させていきました。そして、1921年にCleveland Clinicが開設されました。病院は発展の度に増設されていったために、現在では病院の構造は非常に複雑になっており、病院の中でさえ迷う始末です。1950年代になり、F Mason Sones Jr.による冠動脈造影検査の確立を受けて、1967年にはR FavaloroによるCABGが行われ、心臓血管領域でも世界の代表的な施設となりました。

     病院の特徴ですが、ClinicはUniversityを持たない私立の病院であり、完全に独立採算制になっています。そのため、医療費は非常に高くつき、経済的な問題から周辺の住民もClinicには行かずに、周辺の病院に行っているという状態です。

  2. 研究室

     私のいるCardiovascular Dynamics Laboratoy(CDL)はLerner Research InstituteのBiomedical Engineering(BME)に属しています。Dr. McCarthy, Dr. Naviaの下で、基礎的な研究を主に行っております。DirectorのDr. Fukamachiは九州大学の御出身で、1990年にこちらにResearch Fellowとして来られてから現在の地位を築かれています。勿論BMEの中にも、心臓関係の仕事をしているLABOはあるのですが(人工心臓の開発など)、我々のCDLが唯一の心臓外科医を有するLABOであるために、心臓血管外科的な処置が必要なReseachには、必ず我々に声がかかります。

      スタッフは全員で6人、佐賀医大、岡山大、ドイツから一人ずつのDoctor、そしてAnesthesiologist、Technicianがいます。つい日本人が多く、日本語を使ってしまいそうになりますが、皆英語で和気藹々と会話しています。

      主なProjectは完全人工心臓の開発、LVADの開発、Myosplintに関する実験、その他、、、です。残念ながら、企業との秘密な部分が多く、この場で御報告できないのは非常に残念ではありますが、近日中にCDLから学会発表等が行われていくと思います。私に現在与えられた仕事は、急性実験ではありますが、いずれ牛を用いた人工心臓などの慢性実験も担当することになると思います。

    CCU  CDLの特徴は、慢性実験および心機能評価に関しては非常に設備が整っている点だと思います。日本ではあれほど測定したかったPV-Loopが、いとも簡単にTechnicianの手でデータを記録していきますし、人工心肺後の牛の管理も、専用のCCUがあるくらいです。ここでは、専用のスタッフが24時間体制で管理しており、最大6床(?)まで管理することができます。逆に、吸光度計などの設備を全く保有していないため、ちょっとした血液学的検査でも、測定するためには多額のお金が必要になります。恐らく日本であれば、ちょっと隣のLABOで使わせてもらって、というのが可能なのかもしれませんが、そういったことには全て金銭的な問題が絡んできます。

  3.  こちらの実験のシステムも、日本とは大きく異なります。まず一つ目に金銭的な問題。実験をするには多額のお金が必要であるという点です。犬のコスト、牛のコスト、手術室を使えばいくら、時間外になればいくら、心エコー1時間でいくら、ERISAを頼めばいくら、、、。全てがこんな感じで、一頭の慢性実験を行うのに多額の経費がかかり、結局は病院全体としての利益になるという仕組みになっています。日本ならば、研究者が昼夜を問わず時間を惜しんで、自分で心エコーして、顕微鏡のぞいて、ERISAしてといった感じで、お金を節約しながらするような実験でも、病院内で分業が決まっているので、こちらならば、莫大なお金がかかってしまいます。しかし、逆にお金さえ手に入れば、流れるように実験は進みます。いかに企業などから大きなgrantを得るか、ということに研究の成否がかかっているといっても、過言では無いと思います。2つ目が、実験開始までの過程。日本ならば、「明日はこんな実験をしてみよう」といった感じで、よく言えば斬新な発想が生まれる可能性があること、悪くいえば下調べの少ない無駄な実験をする可能性が高いこと、が挙げられます。私自身勉強になっている点は、この辺りのシステムの違いで、お金の自由があってかつ小回りが効きさえすれば、日本でも素晴らしい研究ができるものと思っています。

  4. アメリカと日本の違い

     海外に出て初めて感じる国力の差、というものは確かにあります。こんな広大な大地を持つアメリカに対して、日本から風船爆弾なるものを飛ばして戦争をしかけていた先人には、非常に申し訳ないですが、やはり大きな国力の差はあると思います。しかし、それはそれぞれの分野によって非常に異なると思います。その顕著な例が、車や電化製品だと思います。アメリカ人自体がアメリカの車を馬鹿にしていますし、中古車でも高く売れるのは日本車です。街中でも、多くの日本車が軽快に走っています。

     日本にいる時は、日本の経済不安が大きな問題になっていましたが、こちらから見ると(Clevelandという田舎にいるせいかもしれませんが)、まだまだ日本の技術力には胸をはってもいいじゃないかという気になります。逆に国家としての戦略が欠如しているのでしょう。そしてそれは経済だけの問題ではなく、医療においても言えることだと思います。言葉の問題があり、日本での医療を世界に伝えることが少なかっただけに、我々日本人ももっと胸を張って、日本の医療の素晴らしい点を世界に示すべきだと思います。

  5. 最後に

     まだまだ私の留学生活は始まったばかりです。日本では決して味わえないことが多く、毎日毎日が新鮮で、勉強になることが多いです。海外で研究を希望している方もおられると思いますが、本文が何かしらの参考になれば光栄です。留学生活には、人種差別のようなものもあり、辛いこともありますが、決して辛い事ばかりではなく楽しい事もあります。志を維持しながら、今後ここで多くのことを学び、吸収し、そして新たな治療に生かしていきたいと思います。



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