「Chest 1998」に参加して (神戸大学第二外科同門会誌 第27号 1999)



 今までに旅行や山登りでは海外へ行くことはあったのですが、学会発表では行くことが今までにありませんでした。今回、現在研究中であるCardiomyoplastyの発表のために、Chest 1998(正式にはthe clinical world congress on diseases of the chest)に参加することができ、また同時に海外医療施設の見学をする機会に恵まれましたので、この場を借りて御報告致します。

 Chest 1998がCanadaのTrontoで開催されるいうことで、発表以外にも最初から期待していたものが二つありました。一つには、Congenital heart diseaseでは世界の頂点とも言えるChildren's Hospital(正式にはThe Hospital for Sick Children)と、もう一つは、Canada、いや北米を代表するSurgeonであるDr. Tiron Edward Davidでした。彼の噂は人づてに聞いてはいましたが、普通のAortic Valve Replacementならば、軽く2時間ちょっとでやってしまうという腕を、実際にこの眼で見たかったのであります。

 そしてTrontoまで行くのであればもう少し足をのばし、もう一つの世界を代表する施設であるBoston Children's Hospitalも見るべきだと考え、Boston Childrenの見学も予定に入れて日本を出発しました。

  1. Chest 1998

      会場は、Trontoを代表する観光スポットであるCN Towerのすぐ隣にあるMetro Tronto Convention Centreで開かれました。会場の大きさは、日本心臓血管外科学会位の大きさでした。大きなホールが2つと、ポスターを含めた大きな展示場が一つ、後は50人位入ったら一杯になるような小会場が20弱です。ホールは完全な講演会場ではなくて、1 flooreに300程度の椅子をおいただけのものでした。しかし、展示場に関してはなかなか大きなもので、いろいろなメーカーがそれぞれ大きなブースを用意しており、大きさだけでいうと日本外科学会に匹敵する規模でした。

 これだけ書くと、なんだ大したことないじゃないかとお思いになられるかもしれません。しかし日本の学会と何が違うかというと、やたら人が多いということです。その理由は、会場を歩いて学会参加者の名札を見ていればわかります。Physicianに対しては赤い名札が与えられるのですが、それ以外のHealth Member等の赤以外の名札を着けた人が非常に多いのです。今のアメリカ・カナダの医療情勢を如実に物語っているようでした。

 講演内容に関しては、同時期にAmerican Heart Associationの学会が開かれていることもあるのか、どちらかというと、内科、それもLung主体の学会でした。残念ながら、Cardiovascular Surgeryについての発表は少なかったです。Asthma等の内科領域疾患およびPulmonary emphysemaに対するVolume Reduction Surgery等が取り上げられていました。Cardiomyoplastyについての発表は、私の発表を含めて2件で、もう一つの演題は何と第二外科にも在籍していたDr. Kashemでした。(残念ながら彼とは再会することが出来ませんでした。)

  1. The Hospital for Sick Children

      この病院については、今更紹介するまでもないかもしれませんが、私が特に注目したいのは、その玄関から受付にかけての内装にあります。まず玄関より回転ドアをくぐり一歩足を踏み入れると、Grand floorから20m以上ある左右の吹き抜けに注目できます。ここにはちょっとした遊園地のようになっており、大きな人形が張り巡らされているワイヤーロープの上を、ゆっくりと動いています。右手には会計などの受付、左手は子供もゆっくりくつろげるようなCafeteriaになっています。正面には多くの人形などがShow Windowで踊っています。どうしても病気になると下を向きがちになり、ましてやSick Childrenが病院に来ると、何か暗い病院に飲み込まれてしまう雰囲気すらありますが、この病院の玄関を一歩入ると、思わずその解放感に上を向いてしまいます。表向きだけで評価するのは慎まなければいけないのですが、この表玄関を見ていると、医療に対する姿勢が感じとれます。

 残念ながら今回は日程の都合で、病院の表面しか味わうことが出来ませんでしたが、また訪問する機会があれば、その中身まで味わってみたいものです。

  1. Dr. Tiron E David

    Dr. Davidの第一印象はとにかく気さくな人だなという印象でした。事前にFaxでofferを出していたとはいえ、その返事が無いままに病院におしかけてしまいましたが、手術室に入ってきても「O.K.」と、快く迎えてくれました。

 見学初日の手術は、まずはMR due to RCT(AML & PML)でした。メモをしながら手術を見ていましたが、ここにそのメモを忠実に再現いたします。8:23 手術開始、8:38 送血管挿入、8:40 IVC脱血管挿入、8:41 SVC脱血管挿入ECC開始、8:43ACC+ACP、8:50 LAtomy+MVP、9:13 2nd CP、9:28 Cosgrove-Edwards MAP、9:35 3rd CP、9:37 LA closure、9:43 declamp、9:50 脱血1本、9:55 Pomp off、10:00 脱血抜去、10:10 送血抜去、10:40手術終了。計2時間17分の手術でした。AMLのAL側にCV5を2針、PMLにも1針人工腱索を立ててMRをrepairしていました。

 手術で気が付いた点として、1.Nureseも含めて毎回同じメンバーで手術をしているため、次に出るべき道具がすぐに用意される。2.Retractorが優れている(どこの会社のものかは聞き損ねましたが、助手の手を煩わせる必要が全く無い。)3.Exposureが素晴らしい。MAPの糸をあらかじめかけておいて、これで展開する。4.TEE診断に重きをおいている。5.Pacingが必要な場合には、A-V pacingとしてしまう。6.全体を通して無駄な動きが無い。

 Lunchをとった後、午後からはBentall。今はやりのFree Style Valveを用いて行いました。AVを切除した後、3本の4-0 Proleneの連続でgraftを逢着し、LCA及びRCAはボタン状にトリミングはせずに、4-0 Proleneの連続でそのまま逢着していました。心筋保護はずっとACPでしたが、canullaをずっと突っ込んでおり、視野の妨げには全くなりませんでした。またAsc AoにはFree Style Valveの上方にHemashieldも用いていましたが、最後にterminal warm blood cardioplegiaをgraftより注入して、leak testを行っていました。これも特に問題なく、ECC67分で手術は終了しました。日本で出血抑制のために用いられているAprotininは、その高い値段から使用することは無く、値段の安い大量Tranexamic acidを使用していました。

 翌日も手術見学をすることができました。Sub aortic stenosis+ARという珍しい症例でしたが、Upper partial sternotomyでAV下心筋切除およびAVPを狭い視野から行っていました。Ventingには苦労していましたが、AVを経由してLVにVent tubeを挿入して、これもいい視野で行うことができました。AV(RCC)はCV5によって弁尖に糸をかけて吊り上げるという新しい方法を用いていました。遠隔成績も含めてもうすぐ発表されるとのことです。一旦come offした後、TEEで検索した結果、AVP不良のため、Total sternotomyにてRoss手術となりました。このあたり、すぐにHomograftがでてくるあたりはさすがです。PAの再建には非常に神経を使い、4-0 Proleneの連続縫合をしていましたが、組織が切れやすいことを強調していました。Aortic rootの再建は昨日とは異なり、計5針×4本の4-0 Nesporen(?)にて結節縫合をしていました。

 現在Tronto Hospitalでは、1年間に計3500例のポンプ症例を行っており、周辺の小さい病院を潰してTrontoに集中させているとのことでした。3年前はあまりmajorでは無かったとのことですが、今やDr. Davidを慕って100人を越える人がclinical fellowを希望してくるのですが、アメリカと違ってUSMLE等の試験が不必要である半面、来る人はある程度CABG等のOperaterの経験がある人が多いとのことでした。

 その短い手術時間もさることながら、若いresidentを相手にして手術中からいろいろな適確な指示を出しており、Conducterとしての力量に感銘いたしました。Trontoに行くことがあれば、一度彼の手術に触れてみることを強くお勧めいたします。

  1. Boston Children's Hospital

     ここの施設もTrontoと同様に、その玄関には目を見張るものがあります。玄関の回転ドアをくぐると、正面に大きなCafeteriaがあり、また左手には噴水があり、これが本当に病院かと疑ってしまいます。

     手術ではDr. JonasのASDの手術を午前と午後の計2例、見学することができました。Dr.Jonasは若いresidentの前立ちをされていました。また、Dr.DernidoのDown.CAVC2カ月の症例も見学することができました。手術自体は、現在私が勉強させて頂いている兵庫県立こども病院とさほど変わりはありませんでしたが、CAVCではDownとはいえ皮膚切開を下方にして手術を行っていました。皮膚のtonusが低いためか、小切開でも視野は良好で、またIVCへのDLP脱血管はdrain挿入予定部位から挿入するという工夫をしていました。

     ICUも見学する機会を得ましたが、これもさほど日本とは変わりはないなという印象を得ました。しかし、Cardiologist,呼吸器管理士等が力を合わせて、患者をみているのが印象的でした。

 現在のアメリカ・カナダの医療保険システムは日本のそれとは大きく異なり、costということがどんな医療にも問題になってきて、単純に比較することはできません。しかし、日本の某大学病院で行われているようなDoctorが点滴のmixingをしたり、伝票書きに追われているということは決して無く、医療を無駄なくいかに効率良く行っていくか、Surgeonとはいかに効率良く手を動かして良い製品を作れるようになるか、作れるようにtrainingしていくか、ということに主目的を持っているのが印象的でした。

 実質4日間の短い滞在ではありましたが、私のような若輩者でも得るものが非常に大きく、日本では決して得られないものが収穫できました。今後若い先生方も、少しでもチャンスがあるのであれば、海外へも目を向けていかれることを強くお勧め致します。

 今回の旅行に関しまして、色々とお世話頂きました、Tronto General Hospital Cardiovascular SurgeryのDr.Sakai、Boston Children's Hospital AnesthesiologyのDr. Hayashi、Beth Israel Hospital Cardiovascular SurgeryのDr.Toyodaおよびfamilyにこの場をお借りしまして深く感謝致します。

写真説明(画像は日本にあるので、帰国したら更新します。)

写真1
The Hospital for Sick Children正面ロビー前に吊るされた巨大な人形

写真2
The Hospital for Sick Children正面ロビー左のCafeteria

写真3
The Hospital for Sick Children正面ロビー奥のShow Window

写真4
Boston Children's Hospital正面玄関:『America's No.1 Children's Hospital 9 Straight Years』という垂れ幕が下がっている。



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